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宮根誠司に文春砲!隠し子母Aの顔画像や激白内容は?謝罪メール全文!

   

宮根誠司 画像

朝日放送のアナウンサーを経て、フリーアナウンサーへ転身。今では帯番組「情報ライブ ミヤネ屋」の司会を務め、知名度は全国区の宮根誠司(みやね せいじ)さん

 

その彼に『週刊文春』がお馴染みの”文春砲”を発射!2012年に『女性セブン』が報じた「隠し子報道」に新事実が発覚したとか……?

 

宮根誠司さんが5年間も黙り続けてきた”嘘”とは何だったのでしょうか?

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【文春砲】なぜ、今になって愛人Aさんは『週刊文春』に告白したの?

2012年に『女性セブン』が報じた内容とその後の報道によって愛人Aさんとの間にできた子どもを認知して、養育費も支払うということで和解したと思っていました。

 

それから5年も経った今。なぜ愛人Aさんは『週刊文春』に新たな事実を公表しようと思ったのでしょうか?

 

それは2017年10月。Aさんが実家の父親から聞いたことがきっかけでした。

 

隠し子が1歳になったとき、宮根誠司さんと奥さんは黙って、四国にあるAさんの実家を訪れました。宮根誠司さんの奥さんはAさんの父親に対して「どうしてくれるんだ!」と激昂。

 

2007年にAさんの妊娠が発覚して宮根誠司さんが謝罪に訪れたとき、Aさんの父は責めることなく励ましの言葉を贈ったそうです。その父に対しての侮辱行為。

 

Aさんは我慢することができなくなり、2017年10月23日にホテルで宮根誠司さんと会って、「奥さんと一緒に父に謝ってほしい」と伝えました。ところが「細かいことは覚えていない」と言われたので今までのことを公表するに至りました。

 

Aさんの願いは「娘が隠し子だというイメージを払拭したい」、「父に失礼な言葉を浴びせたことを謝罪してほしい」ということだけ!

【証言】愛人Aさんが語った宮根誠司さんの「嘘」とは?

宮根誠司 不倫 相手 愛人 画像

愛人Aさんは2012年の『女性セブン』の記事は宮根誠司さんが作り上げた話で、正確には事実とは異なるところがいくつもあると言います。

■宮根誠司はA子さんに「結婚を約束した恋人がいる」と言っていた。
A子さんはそのような事は一切言われたことが無いと主張。今の嫁と結婚した2006年8月にも何も言われなかった。ただしA子さんは2006年8月頃には宮根誠司から「君よりも先に付き合っている人がいる」と言われたと主張。

■結婚後はA子さんと会うことは少なくなった。
A子さんはむしろ会う回数は増え、週に1回は遭っていたと主張。

■嫁に隠し子ができるのを伝えるまで一ヶ月くらい悩んだ。
実際は1年半以上嫁には隠していた。自分で言わないなら直接、嫁に会いに行くと伝えたところ宮根誠司が嫁に言うことを了承。

■子供が出来たことを伝えると「おめでとう」と言われた。
A子さんは自分が惨めな状況でそんな事は言えなかったと主張。

愛人Aさんの証言が本当となると宮根誠司さんの言葉にはなんの信ぴょう性も帯びなくなってしまいます。

 

冠番組である「ミヤネ屋」は様々なニュースを扱う情報番組。司会者の言葉のすべてが軽く聞こえてしまいますよね……。

 

それだけでなく圧倒的なイメージダウン。もともと「アナウンサー好感度ランキング2017」の「嫌いなアナウンサーランキング」で2位の上重聡アナ(105票)にぶっちぎりの差をつけて1位(244票)となった実績もあります(笑)

 

ちょっとやそっとのことでは宮根誠司さんは転ばないようかもしれないですね!

【全文】宮根誠司さんが愛人Aさんに送った謝罪メール!

『本当にごめんなさい。自己保身と言われてもしょうがないですけど君の事は本当に好きでした。彼女と付き合って何年かして君が僕の前に現れました。僕は君事が好きになりました。只結婚は考えていませんでした。只只君を応援しなければ、いつか君を新地でトップにすると張り切ってました。それは信じてください。籍の事は君との関係を失いたくなくていえませんでした。本当に好きでした。僕はこれから償いたいそして頑張ります。彼女の人生もあります。君の人生もあります。一生かけてどんな事しても償います』
(引用:週刊文春 12月7日号)

宮根誠司さんのWikipedia風プロフィール

【名前】みやね せいじ
【生年月日】1963年4月27日
【出身地】島根県大田市
【身長】173cm
【血液型】B型【出身校】関西大学経済学部
【所属】TakeOff(テイクオフ)

  • 1987年:関西大学卒業後、朝日放送へ入社。
  • 1990年:先輩・岡元昇アナと一緒に「おはよう朝日です」のメインキャスターへ。
  • 1994年:「おはよう朝日です」で単独司会を務める。
  • 2004年3月末:やしきたかじんさんの後押しもあって朝日放送を退社してフリーへ。
  • 2006年7月31日:「情報ライブ ミヤネ屋」がスタート。
  • 2008年3月31日:全国ネット化となり、知名度が急上昇。
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