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萩野公介のまぶたのふくらみが最強の証?腹筋の筋肉美と速さの秘密

   

萩野公介 イケメン 画像

東京五輪では得意とする自由形、背泳ぎ、バタフライ、個人メドレーの4種目で金メダルを獲得すると宣言した萩野公介選手

 

その自信はどこから来るのでしょうか?それは“まぶたにできた腫れ物”が彼が最強たる証です!実はこれ……〇〇なんです!

 

Wikipediaだけでは知ることができない萩野公介選手の速さの秘密に迫ってみたいと思います!

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萩野公介選手のWikipedia風プロフィール

【名前】はぎの こうすけ
【愛称】ハム
【生年月日】1994年8月15日
【出身地】栃木県小山市
【身長】177㎝
【体重】71㎏
【血液型】B型
【家族】父 母
【出身校】
・作新学院高等学校
・東洋大学文学部
【所属】ブルヂストン
【泳法】個人メドレー・背泳ぎ・自由形
【自己ベスト】
・100m自由形:48秒75(2014年9月5日)
・200m自由形:1分45秒23(2014年9月21日)日本記録
・400m自由形:3分43秒90(2014年4月12日)日本記録
・1500m自由形:15分05秒35(2015年5月22日)
・100m背泳ぎ:52秒78(2014年9月6日)
・200m背泳ぎ:1分54秒23(2014年4月13日)
・100mバタフライ:52秒11(2014年6月22日)
・200mバタフライ:1分56秒57(2014年6月21日)
・200m個人メドレー:1分55秒07(2016年4月9日)日本記録
・400m個人メドレー:4分06秒05(2016年8月6日)日本記録

【最強の証】まぶたのふくらみは何?猛練習でできた〇〇!

萩野公介 まぶた 画像

幼稚園のころから本格的に水泳を始めて、小中高と世代のトップスイマーとして活躍。ロンドン五輪後は競泳界のエースとして覚醒した萩野公介選手。

 

彼のまぶたの上にできた小さな腫れ物。これは長年、ゴーグルを付けたことによってできた”ペンだこ”ならぬ“ゴーグルだこ”なんです。

 

このゴーグルだこ、他の選手には見当たりません。ということは誰よりもプールで練習している証ではないでしょうか?

 

萩野選手の言葉に「結果の根拠は練習で作る」というものがあります。リオ五輪の金メダルも「この練習方法なら、この練習量なら大丈夫」という自信が根拠となって結果に現れたわけですね!

 

さて、その根拠となる練習量は……1日に泳ぐ距離にして8,000m~9,000m。大会前の追い込み時期には倍の1万6,000m~1万8,000mも泳ぐ日があるんだとか。

【解説】「マルチスイマー」を目指す萩野公介選手の速さの秘密!

萩野公介 瀬戸大也 画像

《全力で追い込めるスタミナ》

萩野公介選手の競泳選手としての強みは“圧倒的なスタミナ”。筋肉を動かして体が疲れてくると血液中に乳酸という物質が溜まってきます。階段を全速力で駆け上がったときに足が重くなる”アレ”です!

 

この乳酸値が10を超えると脳が筋肉の動きを抑制します。他のトップスイマーの練習中の乳酸値は10ミリモル前後で人間の限界ギリギリで練習しているのに対して、彼の数値は21ミリモル!!!

 

脳が筋肉を抑制してもエネルギーを引き出せる超人的なスタミナ!つまり、400m個人メドレーのラスト50m。一番苦しい距離で他の選手を圧倒することができるんです。

《抵抗を減らす技術と天性の感覚》

「いかに水の抵抗を減らすか」が水泳において速さのポイントになります。

 

競艇のボートが水面をピョンピョンっと水を切るように走っているのを見たことはないですか?もし、船体がドボンと水中に沈んでいたら絶対にあんな速度は出ません!

 

萩野公介選手の水に浮くような泳ぎを可能にしているのが体幹の強さ。近年、スポーツ界で注目されている身体の中心部(とくに腹筋や背筋など)の内側の筋肉のこと。

 

頭の先からつま先まで一直線になることが水中で最も水の抵抗が少ない体勢。この抵抗を減らす技術とスタミナが爆発的なラストスパートを可能にするんです。

 

また、今では筋肉と程よい脂肪で覆われたスイマー体型ですが小学生時代は腕立て伏せが2~3回しかできないほどの腕力。けれど、速かったんです。

 

よく競泳選手が口にする「水をつかむ感覚」が飛び抜けて優れていた萩野選手。

 

例えば、水泳の授業で習ったバタ足。彼の場合は膝から下だけを使うのではなく、太ももから脚全体でキックすることが水をより多くとらえます。また足首が柔らかいので魚の尾ひれのように最後まで力強いキックを打てるんです。

《ライバル・瀬戸大也選手の存在》

「才能があるのに誰よりも努力ができる」

この言葉は萩野選手を指導したことのあるコーチがそろえて口にする言葉。自分自身に負けたくないという気持ちだけでなく、瀬戸大也というライバルの存在が圧倒的な練習量と努力を可能にしたんです。

 

今では世界の舞台で肩を並べる2人ですが、歩んできた道は対照的。小学生のころから学童記録を連発する萩野選手にとって「最大の敵は自分」。記録を更新することが競泳の楽しみだったと言います。

 

一方で瀬戸選手にとって萩野選手は雲の上の存在。小学校3年生で初めて対戦したときに25mの大差で負けたことが今でも忘れられないそうです。その反骨心を胸に猛練習を繰り返して、中学2年生のときに初めて勝てたことも忘れられない記憶となりました。

 

萩野選手にとっての初黒星。それ以来、瀬戸選手をライバルと認めて切磋琢磨。リオ五輪の400m個人メドレーで金、銅を獲得。まるで漫画のようなライバル関係の2人が東京五輪でも会場をアッと言わせる活躍を見せてくれるでしょうね!

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