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亀川史華のWikiや賞金•成績は?父譲りの健脚とモデル時代の美脚画像

   

亀川史華 競輪 画像

「ガールズケイリン」として盛り上がりを見せる女子競輪。高校生、アパレル店員、教師、テレフォンオペレーター、元五輪選手など様々な分野から転身した女性が活躍する世界。

 

亀川史華選手もその1人‼︎
彼女がモデルから競輪選手を目指した理由とは⁉︎

亀川史華選手のWikipedia風プロフィール

【名前】かめかわ ふみか
【ニックネーム】かめちゃん、ふみか
【生年月日】1991年5月9
【出身地】兵庫県神戸市
【身長】170.3cm
【体重】62.7kg
【血液型】A型
【出身校】大阪美容専門学校
【ホームバンク】明石自転車競技場
【最高速度】56km/h
【距離別タイム】
・200m:12秒89
・400m:27秒48
・1000m:1分18秒39
【獲得賞金】136万9000円(2383位)

元モデルが目指した競輪の世界‼︎

2016年7月18日の名古屋競輪場でおこなわれた『楽天・Kドリームス・ガールズ』で競輪選手としてデビューした亀川史華選手。

7月18日 7着
7月19日 4着
7月20日 失格(過失走行)

初日は最下位。6位との差は自転車7台分の差と惨敗。2日目は4位と意地を見せましたが3日間におよぶデビュー戦は悔しい結果に終わりました。

 

1年中どこかしらの競輪場でレースのあります。全国を転戦して最低の年収が500万円。トップ選手ともなれば平均年収は3000万円を超えます。

 

ただし、
全ては実力次第。その厳しい世界に飛び込んだのは父・修一さんの影響でした。

母との死別を乗り越えて‼︎

亀川史華選手の父・修一さんは元競輪選手。2007年4月3日に選手登録を削除して引退した現在は整体師をしています。

 

現役時代は通算成績2146戦299勝。優勝25回という記録を残しています。

 

また、

1980年の全日本新人王戦で優勝。1983年の日本選手権では3位。トラックレースの世界選手権にも出場したことがあるなど国内外で活躍した選手でした。

 

子どものころは父・修一さんとはあまり良い関係ではなかったと話します。

 

小学校5年生のころお母さんが悪性のリンパ腫で闘病中。

 

「お母さんと同じ病気の人を治したい。そしてお母さんも治したい。」

 

将来は医学部に行って、血液内科医を目指すことを目標にしていました。「いい大学に行くために、いい中学に入りたい」と塾にも通い、ときには朝まで勉強していたこともあるといいます。

 

ところが、

中学1年生の秋にお母さんが悪性のリンパ腫で亡くなってしまいました。

 

「父は競輪選手。選手生命もそこまで長くない。ケガで家にいるときもある。」

 

亀川史華選手は早く手に職をつけて家族を支えなければいけないと心に思ったそうです。

 

そのため、
高校卒業資格と美容師資格の両方が取得できる高校に進学。将来に生かすためにネイルやパーソナルカラーなど在学中に取れる資格は取れるだけ取ったと言います。

元競輪選手の父の背中を追って‼︎

亀川史華 太もも 画像

美容師を目指していた亀川史華選手がモデルの道を目指し始めたのは20歳のとき。街でスカウトされると美容室が休みの日にレッスンに通い始めました。

 

メインである美容師の仕事とウェディング場のモデルをしながら休日は様々なオーディションを受ける毎日。

 

その生活も2年が過ぎ、雑誌の表紙を飾るようなトップモデルを除けば「モデルは23歳までが限界」というタイムリミットも迫っていました。

 

自分自身の進路を考えているときに、初めてお父さんと向き合って話す機会がありました。

「少し身体を動かしてみないか?」

と、昔の自転車を取り出すと2人でサイクリングに出かけたそうです。自転車に乗る姿を初めて後ろから眺めると今までの色んな感情が一気に爆発したそうです。

 

お父さんがやっていた競輪ってどんなもの?と競輪のことを調べて「これなら残りの人生賭けてもいい」とお父さんに「競輪選手になりたい‼︎」と直談判したと言います。

 

ただ、
プロの厳しさを知っているお父さんは1度は「お前には無理だ‼︎」と断ります。なんとか説得するも、タイムを計って才能がなければ辞めるという条件付きでした。

 

ところがダメもとで計ったタイムが、まさかの好タイム。お父さんのほうが乗り気になって自転車学校への入学が決まりました(笑)

理想を目指して、”脱”美脚‼︎

亀川史華 モデル時代 画像

亀川史華選手が目指すのはお父さんのようなスプリンター。レース終盤で一気に追い上げるレーススタイル。

 

「父はラストスパートが得意だったと言っていて、今から”行くぞ‼︎”という一踏みのために練習していたと言っています」

 

こう話すように理想のレーススタイルを目指すために日々の練習を欠かしません。

 

モデル時代は47kgだった体重も今では62kgを超え、太もものサイズはモデル時代のウエストに相当する60cmにも鍛え上げました。

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