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山縣亮太は高校からイケメン?10秒06を生んだ走り方とスタートの妙技

      2016/06/24

山縣亮太 画像

「どうすればもっと速く走れるのか?」この問いの答えを探求し続ける”孤高の侍スプリンター”山縣亮太選手。

 

誰もが子どものころに経験したことのある”かけっこ”。100m走は、そのかけっこで1番速い人を決める競技。シンプルゆえに奥が深く、その答えに正解はまだありません‼︎

 

『陸上を始めたきっかけは?』

『才能が開花した高校時代の成績』

『ロンドンオリンピックでの衝撃とライバルの出現』

『9秒台に最も近いのは山縣亮太である理由』

などの話題を中心に山縣亮太選手の可能性に迫ってみたいと思います‼︎

山縣亮太選手のWikipedia風プロフィール

【読み方】やまがた りょうた
【生年月日】1992年6月10日
【出身地】広島県広島市西区
【身長】176cm
【体重】68kg
【血液型】
【出身校】
・修道中学校
・修道高校
・慶應義塾大学
【所属】セイコーホールディングス
【自己ベスト】
・100m 10秒06(向い風0.5m 2016年)
・200m 20秒41(向い風0.5m 2013年)

【獲得メダル】

世界ユース陸上選手権
2009 プレッサノーネ メドレーリレー
ユニバーシアード
2013 カザン 100m
2013 カザン 4×100m
アジア競技大会
2014 仁川 4×100m
東アジア競技大会
2013 天津 4×100m
2013 天津 100m

陸上を始めたきっかけは?

「9秒台はあくまでも通過点です」と話す山縣亮太選手の原点は意外にも小さな憧れからでした。

 

いつも2つ年上の兄・昌平さんについて回っては近くの山を駆けめぐる活発な亮太少年。ある日、昌平さんが陸上の大会で入賞して賞状をもらって帰ってきました。

 

「僕もそれが欲しい」

 

そして1年後、
兄と同じ大会の100m小学4年生の部で他の子たちを圧倒しての優勝。賞状だけでなくメダルまでも手にしました。

 

この大会での活躍を見ていた地元の陸上クラブの誘いから本格的に競技を始めることになりました。

 

父・浩一さんは近所の犬に追いかけられて逃げる山縣亮太選手を見て「うちの子はなんて足が速いんだ」と思ったそうです(笑)

 

【才能を伸ばした高校時代の成績】

山縣亮太 高校 画像

  • 2008年(高校1年生)
    『広島県高校総体』100m 優勝
    『国民体育大会少年B』100m 優勝
  • 2009年(高校2年生)
    『広島県高校総体』100m 優勝
    『中国高校総体』100m 優勝
    『世界ユース選手権』100m 4位/メドレーリレー 3位
  • 2010年(高校3年生)
    『広島県高校総体』100m 優勝/200m 優勝/リレー2種目含め短距離4冠
    『中国高校総体』100m 優勝/200m 優勝/リレー2種目含め短距離4冠
    『全国高校総体』100m 3位/200m 準優勝
    『国民体育大会少年A』100m 優勝
    『日本ジュニア選手権』100m 優勝/200m 優勝

【ロンドンオリンピックでの衝撃とライバルの出現】

桐生祥秀選手、ケンブリッジ飛鳥選手、サニブラウン・ハキーム選手など9秒台を期待される日本人が続々と現れていますが、山縣亮太選手はその先駆けでした。

 

ロンドンオリンピックでの予選で出した10秒07はオリンピック日本人最高記録。このタイムは日本陸上界に雷のような衝撃が走り、

「山縣なら9秒台に手が届くだろう」

と周囲はこうささやき始めました‼︎

 

それを証明するかのように2013年4月7日の六大学対抗の決勝タイムは向かい風4mの中で10秒47。公認範囲内の強い追い風であれば9秒台が出ていた可能性のある会心の走りでした。

 

2013年4月29日の織田記念・男子100mで山縣亮太選手は”彼”と出会ってしまうんです。

 

予選を10秒17と決勝での9秒台を期待させる走りで通過。決勝を控え、競技場の外でアップをする山縣亮太選手の耳に大歓声が聞こえます。

 

10秒01‼︎

 

この日本歴代2位の記録を出したのは当時、高校生だった桐生祥秀選手でした。決勝で横並びになる2人はわずか0.01秒差で敗れてしまいました。

 

2013年の世界陸上以降、度重なるケガに苦しみ3年半近くも自己ベストを更新できない日々も続きました。それでも走ることを辞めません‼︎

 

「9秒台は本当に人生をかけて出したい」と話すタイムまで、あと0.07秒。桐生祥秀選手が追い風参考記録として9秒87を記録したことで、さらに想いを強めています。

9秒台に最も近いのは山縣亮太である理由‼︎

山縣亮太 走り方 画像

 哲学的思考で追い求める理想の走り

山縣亮太選手が世界でも異色のスプリンターと呼ばれるのはトレーナーやコーチをつけずに、たった1人で理想の走りを追い求めているところ。

 

セイコーに入社してからはコーチやマネージャーはいるもののビデオカメラで自らの走りを撮影してはフォームを分析、課題を見つけては克服するを繰り返すスタイルは変わりません。

 

きっかけは中学3年生のときに陸上部の顧問の先生が急に転勤でいなくなり、上達するには自分で本を読んだり、ビデオを見て練習方法などを考えなければいけなくなったことでした。

 

常に新しいものを取り入れ、実践しては試行錯誤を繰り返す。先入観や既存の概念にはとらわれないという柔軟な発想は空手道場に入門して走り方を学んだというエピソードも‼︎

 たどり着いた理想のフォーム

山縣亮太選手にとって理想は「無駄な動きを極限までそぎ落とした走り」。そこでたどり着いたのが頭の上下動を極力抑え、両肩のラインを水平の保ち、体の軸をブレない常に安定したフォーム。

 

安定した姿勢にこだわる理由の答えは地面の反発力を無駄なく推進力に変えることができるからです。

 

「自分の体に合った走りの追求」と「自分のオリジナルを作り上げること」を常に頭に置いて練習に取り組んでいます。

9秒台に近づくための進化と変化

多くの選手がスターティングブロックを強く蹴り出し、1歩目、2歩目、3歩目とヒザを強く曲げて後方に蹴るようにスタートしているのに対して、山縣亮太選手の場合は地面をしっかりと捉えるようにすり足でスタートしています。

 

山縣亮太選手にとってスタートは「熱い鉄板の上を走る」というイメージ(笑)なぜなら熱いからできるだけ足を鉄板につけておきたくない=足と地面との接地時間が短くなるので足の回転数が増します。

 

桐生祥秀選手は1秒間に5歩、山縣亮太選手は1秒間に4.7歩とわずかな違いですが100mを走る間には3歩の違いとなって現れます。

 

さらに、

山縣亮太選手は100mを序盤、中盤、終盤の3つの区間に分けてレースのプランを考えています。

 

今まではスタートから30m付近(14歩目)までを前傾姿勢を保った加速区間とし、30mから体を起こし始めて60m付近で最高スピードに達していました。

 

それを序盤の前傾姿勢を長く保って加速区間を5m伸ばして35m(19歩目)にすれば、その分最高スピードも上げられるのでは?と考えたわけです。

止まっていた時を動かす自己ベスト更新

その結果、
2016年4月29日の織田記念・男子100mでは優勝タイムの10秒27は向かい風1.5m以上の条件の中で日本歴代最速を記録。

 

さらに、
2016年6月5日には自己ベストを更新する日本歴代5位となる10秒06を叩き出しました‼︎この記録は向かい風条件における日本歴代最速記録で、追い風であれば間違い9秒台が出てもおかしくない記録でした。

 

スポーツに「たら」「れば」は禁句。それでも言いたくなる、もし追い風だったなら間違いなく日本人初の9秒台は山縣亮太選手だったと‼︎日本人にとって初の9秒台。『その瞬間』を心待ちにしたいと思います。

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Comment

  1. NEWSまとめもりー訪問者天川貴之 より:

    山形亮太君は鮮やかに見えます。スタートから加速していたしそのまま伸びていく感じです。

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